私と同じ太った人へ、走れない心の枷を取り払って一緒に走りはじめませんか?

Sponsored Link

私と同じ太った人へ、走れない心の枷を取り払って一緒に走りはじめませんか?

なぜ、人は太ると走りたくなく成るのか?
色々な視点から考えてみました。
どんな思いが走るのを妨げているのか?
それを取り払えば、走れるようになるのだろうか?

 

走るのを妨げる心の思い。

kangaeru_banio

恥(カッコ悪い)と言う枷。

太ると当然の如く、体型が変わります。
走る格好も気になります。
それをカッコ悪いと思い、恥ずかしくなります。

周りの人はそんなことは思わないのですが、太った人は感じてしまうものです。

頭の中の20代の自分という枷。

頭の中には若くバリバリに身体が動いてた時の記憶が残っています。
そのころは身体もまだ細く、体力もあり余っていました。
そんな当時の自分と、今の自分のギャップ、これがくせ者です。
記憶はイメージにつながります。

自分のイメージとあまりにもかけ離れた今の自分に、がっかりしてしまい。
走り始める気持ちを足止めをかけてしまいす。

がんばって走り始めた人も、
自分のイメージを払拭することをしないままでいると、

自信が出ないで走るのをやめてしまいます。
走れば走るだけ、自己否定感が増して…、嫌になってしまうのですね。


今さら感、という枷。

30代〜40代は自己啓発の気持ちがまだまだ強い時期だと思います。
50代になると、「今さら〜〜」と言う気持ちが強くなってきます。
社会人生活の仕上げの時期になり、このままの現状維持を望む傾向が強い。
走りだす、と言う変化のためには、この「今さら〜」感を取り払うのが大事な要素になります。

 

理想を求めてしまう枷。

すぐに結果を求めてしまうことって、ありませんか?
走り始めたからすぐに結果や理想の自分を求めてしまう。
その自分の思いと、現実の自分に差がありすぎて…これも自信をなくして止めてしまう。

一言で言うと、こんなはずじゃなかった!、と言う事です。

 

それでも走りだそう!。

自分が走ってると思えば、それはランニングになる。

走り始めた私もよく経験しますが、
走ってるのに、前を歩いてる人になかなか追いつけない。
走っていた私を、小学生や小さな子どもに追い抜かれる。

それでも良いんです、私が走ってると思えば、走ってるんです。
自分中心に考えましょう…、他人に迷惑をかけなければ、究極の自己中で良いと思います。

苦しくなったら歩いても良いんです。

きつくなったら歩いても良いじゃないですか?
ず〜〜っと走っていなければダメだ!。
この考え方もおかしいです…。
続けていくうちに、走り続けられるようになります。

限りなく早歩きに近いスロジョグ!

これでも立派なランニングです。
そこから、もしくは歩きからでも構いません。
そこから始めましょう…。
私もそのレベルです (*^-^)ニコ。

まとめ

私と同じメタボの人。
私と同じ五十路で走り始めようとしてる人。
心の枷をお持ちなら、一歩踏み出して、自分中心の考えになれれば、
払拭することができます。

私もランニングを続けて行きます。
これを読んで、走り始めようと思って走り始めた方。
どっかのレース会場でお会い出来れば最高ですね(*^-^)ニコ。

最後まで読んでくださり、ありがようございます。

Sponsored Link